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シンプル・ライフ

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「エイジ」

 
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 切り離された場所~重松清「エイジ」 
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 ぼくの知っているある女性は、某大手飲食関係で働いていて、関東の何店舗かを回って仕事を指導する立場にいる。
 彼女はとても魅力的な女性で、お客さんの一人一人にまで愛想よくて、時にはその何人かと節度をわきまえたデートをしたりする。
 海外の大学を出た秀才で、それなりの美人で、幾つかの表彰状とトロフィーを持っている。
 彼女と話すと良く出るのが、まあ大体他人の悪口だ。
 それも、不特定多数の傾向や、社会意識に対してじゃなくて、自分のかかわる職場の人間の欠点への怒りが口に出される事が多い。
 こういうのってセクシャル・ハラスメントなんだろうけど、有能な女性に非常に多い傾向だと思う。
 例えば上の方針に怒り、下の行動に怒る。採算優先で店の味が変わったと怒って、そのレシピを下が守らないと怒る。
 それを聞きながらぼくは思う。で、君は一体どうしたいわけさ?
 例えばそれがカフェ・ラテ一杯の話だとして、会社が薄めて出せといい、バイトが濃くして出すとする。どっちにも怒る君の出したいコーヒーは、一体どういう味がするの?
 自分のいう事をきかないのは、私が女だと思って舐めてるんだ、と彼女は言う。
 そうだろうね、とぼくは思う。
 主体性の無いヒステリーを起こすだけのお嬢さんは、流して無視するのが一番無難だからだ。自分自身でさえ扱い方が分からない地雷を、他人が率先して解体しようとするはずが無い。
 結局彼女の怒りは、自分の意見が通らないとか、自分が軽んじられているってのが理由だと思う。それってどうだろう? 
つまりは、聞こえがいいように効率やシステムを引き合いに出して、他人の弱点を煽り立てる事で、個人的な欲求を満たしてるだけなんじゃないかな?
 ウーマン・ヘイティングを自覚した上で言うけど、これは女の人に顕著にみられる傾向だと思う。他人のミスに対して、「まかせろ、オレがフォローするぜ」とか、「いや、オレの力不足だった。監督不行き届きだ」なんて言葉が出てくるのを聞いたことがない。
 アタシキレイ、アタシカワイイ、アタシワルクナイ、ソウジャナイノハミンナホカノコナノ。っていう音波が、どっかから直接脳に送られてるみたいに見えたりする。
 で、その個人的な欲求ってのが何かっていうのが問題なんだけど。……なんだろう?
 重松氏の小説「エイジ」では、クラスの地味な友人が突然通り魔として逮捕される。それをきっかけに主人公エイジは、世の中には他人と自分がいて、悪意という物が時にそこに介在する事を知ってゆく。
 友人のエリートは、それに対してそういうのは当たり前の事なんだと言う。
「バスの中で席を譲られる善意があるように、突然の悪意がやってくることも当たり前だ」
 不良系の別の友達は、いつ、そういう悪意が訪れるかとおびえ始める。被害者の理不尽な不幸に打ちのめされる。
 対してエイジは、自分の中にある、そういう悪意に目を向け始める。もし自分の中にある、意味不明の悪い気持ちが行動を起こしたならどうなるか? もしかして自分は、モンスターなんじゃないか。
 捕まった友達は、マスコミに「切れる」中学生と報道された。切れるってのは、何から切れるんだろうか? エイジは、それが、自分とつながっている世界からだと思う。
 世界はどんどん悪くなっていると彼は思う。意味不明の悪意ばかりが渦巻いている。ぼくも同感だ。
 こぎれいな女の子が優秀に働く。職場には軽蔑や牽制や無視はタップリあっても、暖かい好意の交流や、質朴な思いやりなんて、ダイヤモンドなみのレア物だ。
 エイジの言葉を引用すると、「なんか、善意負けっぱなしじゃん。連戦連敗って気がしない?」
 自分の悪意と存分に向き合った結果、エイジは善意に従おうと思う。悪意に浸り尽くした結果、捕まった友人と自分が違う事がわかったのだ。同じ悪意を共有してこそ、それが明確に分かる。
 もう一度ハラスメントをするならば、これは鏡に洗脳の呪文を繰り返してる女子にはたどり着けない心境だと思う。
 ぼくという物が分かっての「ぼくら」と、自分がわからないままの「うちら」は、言葉は同じでもまったく意味が違う。
 世界はどんどん悪くなっている。あまりのひどさに、ぼくはどうしていいかわからない。ただ一人でも多くの人が、エイジと自己との向き合いをしてくれる事と、自分がこの先もずっと、惨めな善意に従おうと希望するだけだ。
 エイジと言う作品は、きっと無自覚な人にも思考のきっかけを与えてくれると思う。実に素晴らしい作品だ。
 ただ、負けっぱなしの善意に従うには、相当な覚悟がいるんじゃないかな。


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